佐賀市の整骨院│なべしま整骨院

なべしま整骨院ロゴ
TELボタン

» 代表者プロフィール


代表者プロフィール

IMG_6300・山﨑崇弘
1984年(昭和59年)8月6日三養基郡生まれA型、しし座

・自己PR
運動指導と治療の二つの面から身体の事を診ていきます。
治療の相談・改善なら全てお任せ下さい。

・趣味
運動(サーフィン・スノーボード)
子供のごっこ遊びに付き合う

・好きな食べ物
ラーメン・パスタ(麺類全て)

・経験スポーツ
水泳・陸上・少年野球・少年サッカー

経歴

1984年 三養基郡生まれ
2000年 佐賀工業高等学校 入学
2003年 福岡医健専門学校(スポーツトレーナーコース)入学
2005年 福岡柔道整復専門学校(柔道整復科) 入学
2007年 有限会社 長寿堂 入社
2010年 元氣堂整骨院 分院長就任
2013年 有限会社 長寿堂 円満退社
2013年 『なべしま整骨院』を独立開業

活動履歴

・福岡大学アメリカンフットボール部トレーナー
・大和競艇学校非常勤講師
・ホンダレーシング アシスタントトレーナー
・近隣中・高校・大学の部活動トレーナー
・鍋島地区のスポーツイベントや運動会の救護係

治療家になった経緯

IMG_20150918_133711

小学校の頃からスポーツだけしか取り柄がなくスポーツ少年でした。
保育園から中学校までの10年間水泳に明け暮れ、県大会では優勝・西日本大会でも入賞出来るレベルまでは頑張っていました。

高校ではようやく陸に上がり陸上競技(ハードル)をしていました。陸上を始めたきっかけも中学校の先生が『面白い子がいる』という事だけで推薦をして頂き、自分の走りを一度も見たことないのに推薦をしてくれたりと、出会いに出会いが重なって陸上競技を始めるようにないました。
今考えたら面白い出会いをしていたんだと思います。

高校卒業を目前に進路を決めなければいけないという状況で何になりたいかなど漠然としていた時に『スポーツトレーナ』という職業がある事を知りました。スポーツばかりやってきた私にとってはスポーツを仕事に出来るなんて・・・天職だ!!っと、すぐに資料を取り寄せ、専門学校に入学するようにしました。

IMG_20150918_133748

専門学校ではトレーニングからテーピング、栄養学、解剖生理学、マネージメント・・・。在学中には、オーストラリアでプチホームステイをしながら。その当時最新トレーニング・テーピングと、沢山の事を学び沢山の経験をさせてもらいました。トレーナーとしての知識を付けていく事で漠然としていた『トレーナーとは?』と言う疑問が見えてきました。

しかし知れば知るほど自分のトレーナー像が分からなくなり、不安と葛藤の中過ごしていました。

学校で整骨院の助手のアルバイトがある事を知り、佐賀から福岡まで通っていたのですが、初めての一人暮らしを始め、バイクで片道30分以上かかる整骨院に大雨の日もバイクがエンストしそうになっても、ほぼ毎日働きに行きました。

その整骨院はスポーツをしている学生に力を入れていて、沢山のスポーツ障害を現場で診る事が出来ました。そんな現場に身を置いている時に、スポーツを治療という面から支える事が出来る事を知り自分の理想像が明確なものになってきました。

『あらゆる方にスポーツの楽しさと重要性を伝え、それを治療面から支えていける存在』になることが私の夢になりました。
トレーナーの専門学校を卒業後は、『柔道整復師』の国家資格を取得する為に、親に頭を下げ、もう一度学校に通う決断をしました。

在学中は以前の専門学校では考えられないくらいの量と深い知識を学び、勉強が疎かになってしまっていた私には過酷な学生生活でした・・・
試験勉強に追われながらも、整骨院の仕事もあったので寝る間を惜しんで頑張りました。
過酷な環境だったからか、その時に出来た仲間とは今でも深い付き合いが出来ているので辛いだけではなかったですね。

卒業後も、お世話になっていた整骨院に就職する事が出来、スポーツと深く関わりながらの修業時代が始まりました。プロの選手から地域のスポーツ愛好家、学校の部活動まで沢山の方に関わらせていただき治療家としての腕を磨いていきました。

私の一番の強みはこれまでの経験を踏まえ、治療とトレーニングの両方の視点から患者様の状態を把握出来る事です。
これまで沢山の方々の治療を行ってきて実感していることは、必ず痛みには原因があり、それを改善していけるという事です。

それも一緒に治療プランを立て、一方的ではなく患者様と二人三脚で治療していく事で治るスピードも速くなると思います。ただ痛いところだけを診るのではなく、身体のバランスや生活習慣を見直す事で根本から改善していきましょう。